自分らしいお葬式を

最近、有名人が亡くなると、告別式ではなく「お別れ会」で見送ったというニュースがよく流れます。
そんな影響もあってか、仏式のお葬式であっても故人の好きだった曲を流したり、

祭壇一を好きな花でつくるなど倉従来の形式にとらわれないお葬式をする人が増えています。
同調査でも、自分の葬儀は「形式にとらわれないで行ってほしい」と考えている人が5割弱。
「伝統的な様式で行ってほしい」という人は約2割にとどまっています。
これらの変化の背景には、老人だけの家庭が増えてお葬式を出してくれる若い人が身近にいなくなったこと、

介護への出費が大きくお葬式にお金がかけられなくなったこと、お葬式を支えてきた近所付き合いがなくなったことなどがあります。
今後も少子高齢化がすすむことを考えると、この傾向はさらに進むと考えられます。

お別れのとき

お葬式は何のためにするの?

お葬式の4つの役割

形骸化しているといわれるお葬式には、以下のような4つの役割があります。このうちお葬式の本質といわれているのは①と③です。

①遣体への対処

遺体を土葬や火葬にして衛生的に処理をすること。遺体の処理については法律で定められています。

②社会的な認知
故人の死を広く公にします。告別式がこれにあたり、追悼と同時に、故人の家庭や仕事をだれが引き継ぐのかを知らせます。

③故人の魂への対処
故人の魂を「この世」から「あの世」へ無事に送り出すための宗教的習俗的な役割。

④死の二次的な体感

現代人は家族や親しい人のお葬式にかかわって、はじめて「死」の重みを感じ、「死」とは何であるかを学びます。

僧侶の読経

日本人の「霊魂観」とお葬式

昔の人の魂の考え方つまり一霊魂観」を知ると、満足できるお葬式の姿が見えてきます。
古来、日本人は万物に神が宿ると考え、自然崇拝をしていました。
今でも、私たちがご来光を拝んだり、台所の火の神様を大切にしたりする感覚は、ここに原点があるとされています。
そして、それは八百万の神々の神道や、すべてのL星ヘム自然物に一仏性」があるとする仏教の考え方にも通じています。
この仏性を魂に置き換えると、日本人の魂の考え方がわかります。
日本人はすべてのものに魂があると考えて、人形や筆などの愛用の品も、感謝の気持ちを込めて供養してきました。
これは、もはや宗教ではなく、霊魂観によるならわし、「習俗」といえるものです。
人の死も、肉体から魂が離れることと考え、お葬式は仏式で営みますが、そのあとはお墓参りなどの習俗を通じて、何十年も故人の魂と交流を続けます。
このような霊魂観から、満足できるお葬式とは、故人の魂と気のすむまで別れが惜しめる場といえるでしょう。

 

遣体への対処

死亡すると、魂は肉体から離れてしまい、「亡骸」「遺体」となります。
昔の人は魂が抜けたところに悪霊が入り込まないように、遺体にさまざまな手立てを講じました。
顔に白布をかけたり、枕元や胸元に刃物を置いたり、線香を絶やさずに一晩見守るといったことは、今でも行われています。
そのうえ、遺体そのものを棺に納めて土中に埋め、上に重しの石を置いて封印をしました。
これが今の墓石に発展したとも考えられています。

お墓参り

お葬式 葬儀 告別式の違い

お葬式は『葬儀・告別式』の初めと終わりの一字をとってつくった言葉といわれています。
葬儀は「葬送儀礼」の略語で、遺族や近親者が故人の魂をあの世に送る儀礼。
告別式は故人とかかわりのあった人たちが「別れを告げる式典」です。
故人の死を公に知らせて、故人へ敬意を表し追悼するのが目的です。
告別式という名称は、大正時代に高名な人が亡くなったときに使われたのが最初といわれており、一般的にこのようなセレモニーが広まったのは昭和に入ってからです。
また、今のようなお葬式のやり方が全国に浸透したのは、昭和訓年代に入ってからのことといわれています。

 

「葬儀」と「告別式」を分けて行う

昔は葬儀のあとに告脹式を行っていましたが、現在は同時進行がほとんどです。
僧侶が棺の前で読経をし、遺族が故人の霊をなぐさめているのが葬儀、

その後ろで、会葬者が遺族にあいさつし、お焼香をするのが告別式の部分にあたります。

遺族は、葬儀と告別式に同時に参加しなければならないため、

ゆっくり故人とお別れすることができません。

これがお葬式への不満のひとつとなっているわけです。
この問題を解決するには、葬儀と告別式の本来の意味に立ち返って、これらを分けて考えてみることです。
つまり、葬儀は家族や親しい人のみで行い、告別式として別に、故人を偲ぶ「お別れ会」を設ければよいということです。

お別れの会

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